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特集1│HR TREND KEYWORD 2019│キャリア│パラレルキャリア 人生には複数のワークがある キャリアが財産の時代に 選択肢を増やす意義

続いて紹介するのは「パラレルキャリア」である。2018年は厚生労働省の「モデル就業規則」の改正や、企業の副業解禁が話題になった。パラレルキャリアの現状と2019年の潮流とは。

Profile
石山恒貴(いしやま のぶたか)氏
法政大学大学院 政策創造研究科 教授

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GEにおいて、一貫して人事労務関係を担当、米系ヘルスケア会社執行役員人事総務部長を経て、現職。人的資源管理と雇用が研究領域。人材育成学会理事、フリーランス協会アドバイザリーボード。NPO キャリア権推進ネットワーク研究部会所属。著書に『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)など多数。

[取材・文]=谷口梨花

人生の4つのワーク

石山氏は、パラレルキャリアの定義を次のように説明する。

「組織研究で有名な経営学者のチャールズ・ハンディは、人生には4つのワークがあると言っています。家事や育児、介護などの『家庭ワーク』、雇用や自営などの『有給ワーク』、ボランティアやNPO 活動などの『ギフトワーク』、リカレント教育や社会人大学院などの『学習ワーク』です()。パラレルキャリアというと『有給ワーク』を2つ以上掛け持ちするイメージをもつ方が多いかもしれませんが、実際には、これら4つの組み合わせも広い意味でのパラレルキャリアなのです」

このように4つの組み合わせで考えると、すでにパラレルキャリアを実践しているという方も多いのではないだろうか。しかし、パラレルキャリアのひとつでもある副業に関していえば、現状でも一律に禁止している企業は多い。

「多くの企業が副業禁止の根拠としていた厚生労働省の『モデル就業規則』も2018年1月に改正されましたし、そもそも企業が副業を一律に禁止することはできないはずなのです。企業の方の話を聞いていると、企業秘密の漏洩などの合理的な理由というよりは『我が社の社員なのに他で働くとは忠誠を尽くしていない』といった理由で禁止しているところが多いように感じます」

このような背景もあり、パラレルキャリアはなかなか大きな流れになっていかないと石山氏は指摘する。

「誰もがパラレルキャリアを経験するべきとは思いませんが、企業に禁止されているから、したくてもできないというのはおかしいと思います。また、パラレルキャリアに興味はあるものの、日常の忙しさに追われてなかなか一歩を踏み出せないという人や、そもそもパラレルキャリアの始め方がわからないという人は多いのではないでしょうか。しかし、冒頭でご紹介したようにパラレルキャリアを4つのワークで広くとらえると、日常のなかにも実践の機会はたくさんあることに気づくでしょう。まずはパラレルキャリアに関心をもち、ネット検索してみるだけでもいいのです」

近年、誰でも簡単に自分のスキルを教えたり、生徒として学んだりすることができる「ココナラ」「ストアカ」といったスキルシェアサービスが増えてきている。石山氏は、パラレルキャリアの最初の一歩としてこれらのサービスを使ってみることを勧めている。

「自分には講師なんてできないと思われるかもしれませんが、エクセルや語学、料理などちょっと得意なことは誰にでもあるはずです。教わる側も出会いや刺激を得られるサードプレイスの実現に価値を感じており、プロの講師スキルは求めていません。講師をすることでお金をもらうという意味では『有給ワーク』ですが、教えることで自分自身も気づきや刺激を得られるという意味では『学習ワーク』でもあります」

パラレルキャリアの効果

副業禁止の事例からもわかるように、パラレルキャリアにメリットはないと判断している企業も多い。実際のところはどうなのだろうか。

「『キャリア学習』の項で、生涯発達・成長していくためには失敗を経験することが重要だとお話ししましたが、パラレルキャリアはまさにそういう経験ができる場です。ゼロベースで試行錯誤し、失敗を経験することでデザイン思考が身につきます。また、日常とは異なる環境や多様なメンバーと協働することで、自分のなかにある暗黙の前提が見直され、視野も広がっていくでしょう。何より、パラレルキャリアを通じて得た人脈は財産になります」

それは、個人だけではなく企業にもメリットをもたらす。副業を解禁、推奨している企業や自治体では、本業にも様々な効果が出ているという。

「たとえばロート製薬は副業解禁を早くから始めた企業ですが、もともとボランティア活動が盛んに行われていました。震災復興などで本業とは一見関係のない経験をしたことが、会社に戻ったときに本業にも生きることがわかったのです。そのようなしくみを日常化できないかと始まったのが『社外チャレンジワーク(社外兼業)』と『社内ダブルジョブ(社内兼務)』制度でした。内容はNPO やデザイン会社設立、広島県福山市の戦略顧問就任など様々ですが、社会貢献や視野の拡大、リフレッシュなど様々な効果が出ているそうです」

ちなみにこの広島県福山市の兼業・副業限定の戦略顧問職には、全国から395人の応募があったという。受け入れる自治体にとっては、様々な知見をもつ人材が参画することで、抱えている課題をスピーディーに解決できる可能性が高まる。また、社員を送り出す企業にとっても地方進出検討の足掛かりとなるほか、本人も行政データの活用経験が積めたり地方都市の実態把握ができたりするなど、多様なメリットが考えられると石山氏は指摘する。

「日本企業の多くは、パラレルキャリアを認めて社員を送り出すこと、外部からパラレルワーカーを受け入れること、その両方ともに抵抗があるようです。しかし、先行事例からもわかるように、パラレルワーカーを送り出したり受け入れたりすることは、企業と社員双方にとってメリットがあります。企業も社員を縛り、占有するのではなく、柔軟に社外と連携することを考える時期にきているのではないでしょうか」

パラレルキャリアは選択肢のひとつ

今後、パラレルキャリアは広がっていくのだろうか。

「今すぐ爆発的にブームになることは考えづらいですが、流れとしては増えていくだろうと思います。実は就業者に占める雇用者の割合は年々増えており、総務省の労働力調査によると2017年は9割近くになっています。ところが1955年には雇用者の割合は半分以下でした。つまり、雇用という形態が一般的になったのはここ数十年だということです。第4次産業革命が起こり、働き方も大きく変わろうとしているなか、雇用されていれば安心という考え方は変わっていくのではないかと思います」

ただし、リストラや収入減少に備えた防衛手段としてパラレルキャリアを始めるべきだ、という考え方は違うのではないかと石山氏は指摘する。

「繰り返しになりますが、パラレルキャリアは必ずやるべきものではありません。キャリアを充実させるための選択肢が増えたととらえればいいのではないでしょうか。パラレルキャリアでの経験を自身のキャリアに生かしていくという考え方もありますし、息抜きのために職場とは違うもう1つの世界をもつという考え方でもいいでしょう。ちなみに経験者に聞いてみると『やっていて純粋に楽しい』と口をそろえて言いますね」

前項の「キャリア学習」とも関係するが、今後はますますキャリアの充実が問われる時代になる。そのような時代に、パラレルキャリアは有効な選択肢の1つになるのだろう。

Learning Design 2019年01月刊