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特集2│ Chapter3 │部下のタイプ別1on1 CASE 2 ヤフー 1 on 1先進企業の軌跡と叡智 「違い」と真摯に向き合い 社員の才能と情熱を解き放つ

経営改革の一環として、2012年から1on 1を導入してきたヤフー。
いまや「1on 1先進企業」と言っても過言ではない。なぜ、対話が組織を変えるのか。
先進企業ならではの試行錯誤の軌跡と、部下別に、一人ひとりの成長を促す叡智を聞いた。

吉澤幸太氏 コーポレートグループ カンパニーPD本部
遠藤禎士氏 コーポレートグループ コーポレートPD本部 企画部長 兼 テクノロジーグループ データ&サイエンスソリューション統括本部 データプラットフォーム本部 データデリバリー部 部長

ヤフー株式会社
1996年設立。日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」をはじめ、検索、ニュース、eコマース、決済など100以上のサービスを、スマートフォン・PCなどのデバイス向けに提供。
資本金:87億4,900万円、連結従業員数:1万2,244名(いずれも2018年6月30日現在)、連結売上高:8,971億8,500万円(2018年3月期)

[取材・文]=平林謙治

正しく“ケンカ”をするために

「誤解を恐れずにいえば、当社が1on1を行う目的は、上司と部下とが、仲良くなることではありません」

同社の人事担当として、“原則週1回30分”の1on1を組織全体に根づかせ、進化させてきたコーポレートグループカンパニーPD 本部の吉澤幸太氏は、そう口火を切る。

「極端な話、上司と部下の距離が遠くても、仕事のアウトプットが優れていれば、それでいい。言葉は悪いですが、むしろ“ケンカ上等”です。部下が上司に、『私はそう思いません』と、ビシッと言えるような組織文化を醸成することが、当社における1on 1のねらいのひとつなのです」

「ケンカ上等」とは、“ならず者”を意味する英語Yahoo をあえて社名に冠した型破りな企業らしい、ユニークな表現だが、正鵠を射た指摘だろう。一致団結の名の下に同質化を強いられ、表面上仲は良くても、言いたいことが言い合えないような組織では、個々の「違い」に基づく多様な視点・発想を事業に活かすことなどできないからだ。

ヤフーが1on1を導入した理由

とはいえ、ヤフー自身もかつては、組織に閉塞感が漂い、ベンチャーらしい革新性を失う危機に陥った時期がある。規模の急拡大に伴い、“大企業病”に陥ったのだ。組織は硬直化したタテ割り構造で、権限委譲も、異動や抜擢による人材開発も進まない。現場にはいつしか、「何かしようとしても身動きが取れない」と諦めムードが漂い、自分では何も決められない指示待ち族が増えていったという。

実は、同社にとって、大企業病を打破し、現場再生の契機の一つとなったのが、経験学習を支援する仕組みとしての1on1だったのである。

2012年の体制刷新を機に経営改革が進められ、人事戦略については、従来同社ではあまり重点が置かれていなかった“人の成長”にフォーカスする戦略が示された。コンセプトは、社員の「才能と情熱を解き放つ」。社員一人ひとりが力をフルに発揮し、主体的に組織に貢献しようとしなければ、権限の委譲を進めても、加速する事業環境の変化に取り残されるだけだ。では、どうすれば社員の才能と情熱を解き放てるのか。

「自分の才能や情熱なんて、実際は見失っていたり、独力で探そうと思ってもよく分からなかったりすることが多いですよね。そこで、1on 1が役に立つのではないかと。上司との対話の中で適切な質問やフィードバックが与えられれば、部下の内省が深まり、気づきにつながるかもしれないと考えました。『人の成長は、自分では気がつかないことを周囲がどれだけ指摘できるかにかかっている。だから、きちんとフィードバックし合える文化をつくらなければダメだ』というのが、当時社長の宮坂(学氏・現会長)の考えでした」(吉澤氏)

才能の種類も、情熱のありようも人によって異なる。まさに個々人の『違い』に由来する資質であるだけに、それを見いだして解き放つには、一人ひとり、個別に向き合う以外に術はない。かくして新体制発足からわずか1カ月後の2012年5月、同社は1on1導入に踏み切った。

「1on1=コーチング」ではない

施策の導入に際し、当時の管理職に対して「丸腰ではさすがに苦しいだろう(笑)」(吉澤氏)ということで、終日のコーチング研修を提供した。コーポレートグループコーポレートPD本部企画部長の遠藤禎士氏も、その研修を受けた1人だ。

「私は、導入前後に入社したので、それ以前の雰囲気は知りませんが、マネジメントスタイルを変革するという経営の意思は伝わりました。ただ、いきなりコーチングと言われて重荷に感じた管理職がいたのも確かです。そのせいか、社内の一部には『1on1=コーチング』という勘違いが残っている。もしかしたら、世の中的にもそうかもしれませんね」

しかし、一般的な指導法として、「ティーチング」「コーチング」「フィードバック」の3つのアプローチが使い分けられることが望ましい。

「力や知識があるのに指示待ちの癖がついているような人には、答えを与えず引き出すコーチング的な対話をしたほうがいいのですが、相手が知らないことや足りないスキルはティーチングで教えるしかありません。特に、外国人など『違い』の多い相手にはダイレクトにズバリと指摘やフィードバックをしないと、かえって誤解を招く場合がありますからね。コーチング一本槍ではうまくいかない。相手に気づいてもらおうと婉曲に話すだけでは、何も伝わらない人もたくさんいます。それは日本人でも同じでしょう」(遠藤氏)

部下のタイプ別ポイント

人事部門の部署と兼務でデータサイエンスの部署も統括する遠藤氏は、自分とは背景や経歴などが違う様々な部下と向き合っている。「違い」そのものはマネジメントの障害にならないが、その前提で1on1を実践するとき、やはり気をつけるべきポイントがあるという。以下、大きく3つのタイプを解説してもらった。

①外国籍の部下

「先ほど言った、『ちゃんとダイレクトに伝える』という点もそうですが、やはり言葉の壁は大きいですね。先日も、ある外国人の部下に『残念だったね』と努力を称えるつもりで声をかけたら、相手はすごくマイナスの評価をされたと受け止めてしまったんです。ですから、自分の伝えたいニュアンスが英語も日本語も含め、いろいろな言い方や伝え方で繰り返し正しく伝わっているかどうかを確認し続けるようにしています」

②育児や介護中の部下

遠藤氏の人事部門の部署の男女比は現在、女性のほうが圧倒的に多い。年上の部下もいる。正直、最初はやりづらさがあったという。

「だからこそ、私は1on 1の対話を、健康の話から始めるように心がけています。本人だけでなく、家族を含め関わる人全てが『健康ですか?元気ですか?』と。本人やその家族に健康不安があるのに、『どうすればそのタスクを期限までに達成できると思う? 対策を3つ挙げてみて』なんてビジネスコーチングを展開しても、意味がないでしょう」

健康問題や家庭の事情といったデリケートな話題は、1対1の場でこそ引き出しやすい。遠藤氏も、そういう場でなければ聞けない大切なことから聞くようにしているという。

③専門性の高いスペシャリストの部下

データサイエンスに限らず、技術系の領域では、現場で動いているエンジニアのほうがマネジャーより知識量が多く技術力も高い。そのため、相手のプライドや成長も考慮し、1on1での技術面での具体的なアドバイスに話が及ぶことはまずない。

「私は、お客さんが困っているとか、サービス担当が困っているとか、結果として起こっている問題を明示し、それに対してどれだけ早く解決できるのか、他の仕事とのやりくりはどうしているのか、あるいは他のスタッフの協力をもっと活用できないか、といった本人が見えていなさそうなところを一緒に振り返り、内省を促すようにしています」

現場からの反発を乗り越えて

「1on1先進企業」のヤフーでも、先述した通り、新しい施策は簡単には受け入れられなかった。

「毎週30分も時間を取るなんて、そんな暇があったら、お客さんに1本でも電話したほうが成果につながるよ」。導入当初は、とりわけ一部の現場の管理職からこうした否定的な意見もあったと、吉澤氏は振り返る。

「なぜこんなことをしなきゃいけないのかという疑問に対して、当初は人事サイドにも適切に説明できる言葉がなく、現場は相当苦労したと思います。ただ、導入当初から『1on1チェック』というアンケート調査を定期的に実施していたことが、浸透させるにあたって影響が大きかったと振り返っています。

『1 on 1チェック』とは、1on1のクオリティを部下側がどう感じているかを回答してもらうアンケート調査です。一定の項目に対する段階評価とコメントを上司ごとにまとめてフィードバックする仕掛けです。部下から定期的にフィードバックが来るわけですから上司も無視できません。もっとこうしてみようかと、試行錯誤するようになってきました」

そして、導入から4年目の2016年、アセスメントの中に新しい質問項目が追加された。「あなた(部下)の仕事にとって1on1は役に立っていますか」――結果は「役に立っている」が9割を超えた。

「この結果が得られたことで、少なくとも社員からポジティブに受け止められたことになりますし、個々の現場においても仕事の成果につながっている証として見なしてよいのではないかと思いました。1on1がヤフーの文化として定着し始めたという感触がありました」(吉澤氏)

9割超の社員に「自分の仕事に役立っている」と評価されたことは、1on 1という取り組みが少なからず個々の成果に結びつき、最終的に会社への業績貢献に通じていること、また、同社の1on1のクオリティが進化していることをも裏書きしている。

もちろん、1on1ミーティングはそれだけで機能する施策ではない。ヤフーの事例に見る通り、あくまで経営方針に沿った人事戦略の一環であり、他の様々な施策と組み合わせて初めて、人材育成の循環が回っている。社員一人ひとりの才能と情熱を解き放つ―同社では、このコンセプトこそが、個々の「違い」を乗り越え、活かす最大の原動力になっているのである。

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